Discography

東京物語

・小津安二郎が“最初に聴いた”ピアノ版『東京物語』の世界初録音が登場・

2018.9. Release

Recording: キングレコード関口台スタジオ

世界初録音。小津安二郎が最初に聴いたピアノ版「東京物語」

キングインターナショナルとProfilレーベル初の共同制作盤。キングインターナショナルが東京で録音し、Profilがドイツで製造・世界発売します。海外を拠点に活躍する青木美樹が、ヨーロッパで非常に人気が高く海外での需要が大きい小津映画の音楽を弾くうってつけの試みで、全曲世界初録音。斎藤高順(1924-2004)は、信時潔門下の作曲家。後半生は航空自衛隊中央音楽隊長や警視庁音楽隊長を務めるなど吹奏楽の世界で活躍しましたが、何といっても小津安二郎の「東京物語」から「秋刀魚の味」までの映画音楽を担当、小津芸術のスタイル形成に寄与したことで知られています。斎藤は、まずピアノ用に書いた各ナンバーを小津安二郎に弾いて聴かせて是非を問うたといいます。その草稿が2015年に遺族のもとで発見されました。小津監督以外耳にしたことのない音を世界初録音。監督は斎藤に「楽譜は大事にとっておきなさい、役にたつ日がくるから」と伝えたとされますが、その予言が50年後に現実となりました。テンポの良い「サセレシア」、某ノンアルコール飲料のCMでも使われている「秋刀魚の味」のポルカももちろん収録。いずれも驚くほど効果的で美しいピアノ曲となっています。小津映画作品のみならず、斎藤高順作の美しいピアノ小品も集めています。学習用にもよく使われる「3つの宝石」をはじめ、メロディ・メーカーとしての才が光る魅力的なものばかり。吹奏楽分野での代表作・行進曲「ブルー・インパルス」の作曲者自身によるピアノ編曲も発見。こちらは技巧的で華麗なピアノ曲化しました。青木美樹は東京出身。9歳で渡英、12歳でロンドンのフェスティバルホールにて協奏曲デビュー。英国パーセルスクール卒業後渡米、インディアナ大学、イェール大学大学院に学び、ハンブルク音楽大学演奏家コースを首席で卒業。ジョルジュ・シェベック、ボリス・ベルマン、エフゲニー・コロリオフに師事。ハンブルク、ローザンヌ、グラーツで教鞭もとった。2018年現在ニューヨークを拠点として演奏活躍を繰り広げています。

(キングインターナショナル)

メランコリー

2016 Spring Release

Recording: RBBベルリン・ブランデンブルグ放送スタジオ 

クラシック音楽と他ジャンルのギャップを狭めようとする試みが、今日いろいろ行われていますが、100年前の流行発信地パリではすでに行われ、ジャズやシャンソンをクラシックに採り入れたり、文学、舞踊、美術家との交流で新しい文化が生まれていました。その産物の一端が当アルバムに収められています。それまでの後期ロマン派的な重苦しさや濃厚な感情を捨て、簡素かつ思い入れをしない作風に新しい息吹を感じます。

★青木美樹は東京生まれ。9歳で渡英、その後インディアナ大学、イェール大学大学院、ハンブルグ音大にてシェベック、ボリス・ベルマン、コロリオフらに師事。2004年イタリア、イブラ国際コンクールを皮切りに、さまざまなコンクールに優勝および入賞。スイスを本拠として国際的に活躍する実力派。数年来プーランクの音楽にはまっているというだけに、共感と説得力あふれる演奏を繰り広げています。オシャレな音色も魅力です。(キングインターナショナル)

私にとってこのCDに録音した曲はそれぞれ、宝石箱を開いて見つけた輝く宝石のようなものでした。今にも1920年代のパリが目の前に見えてきそうな作品は、当時のパリの夜の華やかなシーン、輝くネオンや街の雑音、香水の香りまでが音楽を通して描かれています。皆様に私がこの音楽を通して経験した1920年代パリへの旅を、このCDを通してお伝えできればと思います。青木美樹

ベリャーエフ・プロジェクト

2013 Spring release

Recording: RBBベルリン・ブランデンブルグ放送スタジオ

 

ベリャーエフ∙プロジェクトについて

 ミトロファン・ベリャーエフは、1836年サンクトペテルブルクに生まれました。材木商のオーナー、楽譜出版社経営者でもありアマチュア四重奏でビオラを弾いていたそうです。
ベリャーエフは、サンクトペテルブルク出身の作曲家多数を経済的に支援、彼らの作品をロシア国外に広める事を実現させた重要な人物でもあります。1885年、ベリャーエフはライプツィヒ(ドイツに)”M.P. Belaieff”社を設立しました。彼がライプツィヒを選んだ理由は、ここに出版社を構える事でロシアの作曲家の作品が国際的コピーライトを得られる事でした。彼は、これらの作品をすべて自費で出版していました。
 ベリャーエフが出版を設立したきっかけ
ベリャーエフは、1882年に当時17歳だったアレクサンドル・グラズノフと出会いました。彼の才能に感激し、その後彼が作曲したすべての作品を出版しました。この出会いがベリャーエフが出版社を創立したきっかけと言われています。
 ベリャーエフの活動
ベリャーエフは、ベリャーエフサークルと呼ばれるグループの設立者でもあります。このグループは1885年から1908年にサンクトペテルブルクで定期的に集まっていました。このグループに所属していた作曲家は、リムスキー=コルサコフ、リャードフ、グラズノフなどです。又、毎週自邸で音楽サロン「金曜日の四重奏」("Les Vendredis") を主宰していて、リムスキー=コルサコフが定期的に出入りしていたそうです。ここは、ベリャーエフが支援していた作曲家達が新作を披露する場所でもありました。
当初はベリャーエフ自身が発表する作品を選んでいましたが、やがてニコライ・リムスキー=コルサコフやリャードフ、グラズノフといった顔触れの審査団と打ち合わせるようになったそうです。
 ベリャーエフ·プロジェクトについて
私は、常に楽譜店や図書館で手に取るベリャーエフ出版社、またベリャーエフという人物にとても興味を持っていました。今では、大変有名なリムスキー=コルサコフやグラズノフの作品もベリャーレフの存在がなければロシア国外では長い間知られる事がなかったかもしれません。
ある時、オイストラフの古い録音からあまり知られていない、リムスキー=コルサコフのピアノトリオを発見し感動しました。それをサンクトペテルブルク出身のバラーノフ、ジリーンと録音できた事をとても嬉しく思っております。その後、ベリャーエフ社のカタログを検索していくうちに、数々の素晴らしいピアノ小品にも出会いました。この録音を通して、皆さんにベリャーエフという人物と彼が出版した素晴らしい音楽を知って頂ければ嬉しいです。

青木美樹

コダーイ∙ピアノ作品集

2011. 9. Release

Recording: RBBベルリン∙ブランデンブルグ放送スタジオ                      

 

スイスを本拠にヨーロッパで活躍する青木美樹こだわりのコダーイ作品集 

 コダーイは友人のバルトークやドホナーニのようなピアノの凄腕でなかったせいか、ポピュラーになったピアノ作品がなく、録音も多くありません。しかし、ふたりのどちらとも異なる独特な作風を示している点では、貴重なピアノ・レパートリーと申せましょう。 オーケストラ曲として知られる『マロシュセーク舞曲』と『ガランタ舞曲』はオリジナルのピアノ版で、いわゆる編曲物ではありません。オーケストラ版と異なるすっきりした響きが新鮮。また最初期のエレガントな『小ワルツ』、ドビュッシーの影響が興味深い『9つのピアノ小品』、『ドビュッシーの主題による瞑想曲』など親しみやすく楽しい曲が多いのも特徴。また、多くがバルトークやドホナーニほどの技巧を要求しないので、教材としてもうってつけです。 青木美樹は東京生まれ。9歳で渡英、その後インディアナ大学、イェール大学大学院、ハンブルク音楽演劇大学にてジェルジ・シェベック、ボリス・ベルマン、コロリオフらに師事。2004年イタリア、イブラ国際コンクールを皮切りに、さまざまなコンクールに優勝および入賞。スイスを本拠として国際的に活躍する実力派。シェベックゆずりのハンガリー節も聴きもの。今後要注目の逸材です。(キングインターナショナル)